茶巾が逝きました。
いやはや、ナンとも壮絶な子でした。
最初、共同生活を始めたものの、性格が荒いために
周りの子と衝突、遂にはケガまで負わせてしまったので
隔離して生活する事になった茶巾。
この頃、荒れている茶巾に対して私も冷たかったと思います。
きっと、茶巾は淋しかっただけなんだと思います。
茶巾と一緒に暮らしていて、悔いが残るのは、その時期です。
周りの人の助けと、年を重ねて丸くなった事で
茶巾は、甘ったれラットに変わっていきました。
もしかしたら、一緒に暮らせないまでいかなくても
他のラットと一緒に遊べる事ができるかもしれない・・・
そう思った時には同時期に来たラット達は
私と茶巾の前から逝ってしまっていました。
残ったのは私と茶巾だけになってしまいました。
この頃、茶巾の甘ったれは絶頂期でした。
「お前を独占ぢゃ!」状態だったんだと思います。
私も浮かれている茶巾を見て楽しかったです。
しばらくして、猫のお茶碗がやってきました。
友達の実家で産まれた、お茶碗。
茶巾は、お茶碗と言う存在を本能で感じて
少しの間はヒネくれて暮らしていましたが
スグに順応し、お茶碗をからかう様になりました。
茶巾に威嚇され、驚いてひっくり返っているお茶碗を何度も見た気がします。
あんなにチビっこいのに、図太い所がラットの凄い所だと思います。
2歳を過ぎてもハードペレットをガリガリ食べていた元気な
茶巾の衰えはスグにやってきました。
もうちょっと段階を踏んでも良いんじゃない?と思うほど、
違うラットになってしまったんじゃないか?と思うほど、
いきなり衰えてしまいました。
ご飯も食べず、荒い呼吸をし、目まで血が滲んで見えなくなってしまいました。
私は見えない目の血をぬぐってあげて
少しでも食べれる物を見繕って差し出すしかできませんでした。
6ラットが私の近くにいてくれましたが
晩年の苦しみようは、茶巾が一番だったと思います。
見ているのが辛くて楽に逝かしてあげるには
ナニをしてあげたらいいんだろう?と考えてしまいました。
5ラットの別れを経験してきた者としては茶巾の衰えは
スグに死の別れに直結する物でした。
もうダメだろう、明日ダメだろう。明後日ダメだろう。
そんな中で茶巾は1週間以上も頑張り、キャベツをほおばり
青菜を食べ、いよかんを抱えて暮らしました。
最期の2日間は、息をしているだけに見えました。
でも、寝床の前にブロッコリーや、いよかんなどを置いておくと
場所を移動させていたり、少しかじった形跡はありました。
食いしん坊だった茶巾は、もっと食べたかったんだと思います。
食べたくても食べれなかったんだと思います。
茶巾くんの里親さんに連絡をしました。
奴は可愛い子だったのでお礼を言っておきたかったのです。
里親さんの家には、まだ茶巾兄弟が3ラットいるそうです。

茶巾!天国から兄弟を見守るのよ!
冷たくなった茶巾は、もう茶巾ではありません。
茶巾と別れると言う事は、しばらくラットとの生活ともお別れです。
そう思うと、もっと一緒にいて欲しかったけれども
苦しんでいた茶巾を見ていたら、やっと楽になれたのかな・・・とも
思ってしまいます。

茶巾くん、アンタがいなくなっちゃったら
もうブロッコリーやインゲンを塩無しで茹でなくても
よくなっちゃうんだね。
「コレはアクの強い野菜だからアイツらが食べれないから」
なんて思わなくてよくなっちゃうんだね。
やっと楽になれたね。
って言ってあげたいけど、やっぱり淋しいもんだね。
茶巾くんは、他のラットと仲良くなかったけど
きっと天国で仲良くなれるよ。
オレは猫と暮らしたんだぜ?って自慢してやりなよ。
また何処かでね。
もし人間になったら人は傷つけたらダメだよ。
ありがとう。